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ボウイ展 キュレーション秘話〜その2 〜“Kon-rads“のハイフンにみせたボウイのこだわり

V&Aのキュレーター、ヴィッキーとジェフリーの二人が来日時に語ってくれたボウイ展のディープな話を、通訳を務めたお二人の協力を得て改めてまとめたキュレーション秘話。ボリュームたっぷり、4回連載でお届けします!

 

成長期のセクション

 

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第二次世界大戦後の、まだ混沌としていたロンドンで生まれたボウイ。彼はどんな社会で、どんな家庭で、どんな教育を受けて、どんなカルチャーに触れて育ち、音楽界を志すようになったのか? 『DAVID BOWIE is』はまず、このような背景事情を丁寧に掘り下げている。

 

ヴィクトリア 「ボウイ展は時系列に沿った見せ方はしていません。それはどうしても避けたかった。でも、ボウイ自身と彼の作品に多大な影響を与えたロンドンの町と、ロンドンの音楽シーンを解説することは必須でした」

 

ジェフリー 「映像を用いたコーナーはボウイの寝室を再現していて、そこに展示されているサックスは、1961年に父からプレゼントされたものと同じモデル。これが彼にとって、人生初めての楽器でした。アクリル製のサックスなんですが、本物は、ボウイがアーカイヴからの貸し出しを拒んだふたつのアイテムのうちのひとつでした」

 

ヴィクトリア 「若い頃に在籍していたバンドの写真やポスターを見ると、ボウイはまだ10代で、売れないバンドだったにも関わらず、非常に強くヴィジュアルを意識していたことが分かります。例えばザ・コン・ラッズのロゴは“Kon”と“Rads”の間にハイフンがありますが、これも彼のアイディアで、ボウイならではの美的センスを表しています」

 

ジェフリー 「ザ・コン・ラッズ時代の写真では、彼の視線はカメラに吸い付くようで、見る人に何かを訴えかけていますよね。また、アルバム『ヴェルヴェッツ・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』の試聴用アセテート盤も、興味深いアイテムです。元々マネージャーのケン・ピットが入手したもので、その良さが分からなくてボウイにあげたんですが、まだ発売されていなかったアルバムにすっかり惚れ込んで、すり減るほど聴いたとか。彼の先見の明を示しています」

 

ヴィクトリア 「個人的には『ロンドン・ボーイズ』と『ラフィング・ノーム』の譜面も、ボウイの人柄が分かる展示物なので、大好きです。彼は音楽理論の勉強をしたわけではなく、同じコーナーに展示されている教則本『ジ・オックスフォード・コンパニオン・トゥ・ミュージック』を読んで、独学で記譜法を覚えて、書き起こした。つまりボウイは、何かをしたい、何かをしようと思い立った時、自分には出来ないからと諦めてしまったり、人に任せたりするのではなく、自ら学んで知識を吸収して、ひとつひとつ取り組んだ努力の人なのです」

 

『スペイス・オディティ』のセクション

 

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1969年にリリースされたシングル『スペイス・オディティ』は、ボウイにとって初のヒット曲となる。この曲にフォーカスしたセクションでは、アポロ11号による月飛行や映画『2001年宇宙の旅』の公開で、宇宙への関心が高まっていた当時の社会状況にも言及している。

 

ヴィクトリア 「『スペイス・オディティ』は、アポロ8号による有人の月周回飛行にインスパイアされて書かれた曲です。アポロ8号から撮影された地球の写真が『ザ・タイムズ』紙に掲載されたのは、1969年1月のこと。それまで人間は地球から宇宙を眺めていた――つまり、外を向いて“宇宙ってどんなところなんだろう?”と、ワクワクしながら考えていました。でもあの写真が公開された時、外から見た地球がいかにちっぽけな存在か思い知らされ、孤独感や儚さを急に意識し始めた。そういう空気感をボウイは曲に写し取ったんです」

 

ジェフリー 「『スペイス・オディティ』は、1969年7月のアポロ11号の月面着陸を報じた、BBCの特別番組のテーマ曲に選ばれました。事故が起きる可能性もあるということで、宇宙にまつわる曲は全てラジオで放送禁止になっていたのですが、なぜかそのBBCの番組だけが『スペイス・オディティ』を使って、ヒットのきっかけになったんです」

 

ヴィクトリア 「この曲を収めたアルバム『スペイス・オディティ』のジャケットの裏面は、ジョージ・アンダーウッドがデザインを手掛けましたが、展示されているスケッチを見ると、ボウイのアイディアに基いており、この頃からアートワークを細かくディレクションしていたことを示唆しています」

 

『スターマン』のセクション

 

DBiTokyo_4_©Shintaro Yamanaka(Qsyum!)

 

『スペイス・オディティ』で突破口を開いたボウイが、さらなる飛躍を果たす契機となった曲は、『スターマン』だ。1972年7月にBBCの音楽番組『トップ・オヴ・ザ・ポップス』に出演した際のパフォーマンスは、英国のポップ・カルチャー史における一大転機となる。

 

ヴィクトリア 「『トップ・オヴ・ザ・ポップス』出演のインパクトは、ザ・ビートルズが1964年に『エド・サリヴァン・ショー』で見せたパフォーマンスのそれに匹敵し、若者たちは当時、人生が変わった瞬間と位置付けたものです。実際、私が知っている40~50代の英国人男性の多くが、未だにこの瞬間を鮮明に覚えていると言います。この時にボウイが着用した衣装は映画『時計じかけのオレンジ』に登場するキャラクターの服装の影響を強く受けていますが、リバティ社のプリント生地でそれを再現するという、彼ならではのヒネリが加えられているんです」

 

ジェフリー 「当時の『トップ・オヴ・ザ・ポップス』は家族みんなで座って見るような番組だったんですが、僕の両親は敬虔な人たちで、ボウイが現れた瞬間の父の顔は今でも忘れられません。“文明の終わりだ”みたいなことを言って、憤慨していましたよ。ミック・ロンソンと肩を組んで歌っていて、男性同士であんな風に振る舞うのは前代未聞でしたから!」

 

写真:

一番上(Photograph by Roy Ainsworth / Courtesy of The David Bowie Archive Image © Victoria and Albert Museum)

その他 © Shintaro Yamanaka(Qsyum!)

 

次回「ボウイ展 キュレーション秘話 その3」: 3月10日(金)公開予定!

 

秘話その1: デヴィッド・ボウイ・アーカイブでは、衣装はきれいに折りたたまれていた。

秘話その3: ボウイのウエストは驚愕の67.5cm!でも腿は筋肉質で太かった。

秘話その4: HEROESの歌詞は何度も書き直してある。