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DAVID BOWIE is 〜プレミアム・トークショー 最終回 高橋靖子 〜最速レポートをお届けします!

 

『DAVID BOWIE Is』開催記念プレミアム・トークショーも、この第4弾で最終回。最後のゲストは、日本初のフリーランス・スタイリストとして60年代に活動を始めたファッション界のレジェンドであり、山本寛斎・鋤田正義両氏と共にボウイのジャパニーズ・コネクションの一翼を担う高橋靖子氏だ。ゴールドのジャケットを羽織って颯爽と現れた彼女に話を訊いたのは、ラジオ・パーソナリティの坂上みき氏。ふたりは長年の友人なんだそうで、オーディエンスの女性率が高かったこともあり、和気藹々と女性目線でボウイを語る場になった。

 

高橋氏とボウイのなれそめは、恐らく繰り返すまでもないだろう。1971年に山本氏がロンドンで開催したショウ“KANSAI IN LONDON”でスタイリングを手掛け、翌年鋤田氏がT・レックスを撮影するために渡英した際にも同行。この時に街中でボウイのポスターを見かけて興味をそそられ、彼女はRCAレーベルに直接電話をして撮影を打診したという。

 

「レコード会社との打ち合わせの数日後に、レインボー・シアターでコンサートがあったんです。すでに売り切れていたんですが、たまたまキャンセルか何かでチケットを入手し、ナマの彼を観て、ものすごく素敵だったのね。“ああ、絶対この人だ”と思いました。鋤田さんに撮ってもらうしかないって」。そして撮影現場でボウイと意気投合し、ツアーのスタイリングを担当することになる。歌舞伎の引き抜きを取り入れた山本氏の衣装を、ボウイがステージ上で着替える際には、自ら黒子を務めていたそうだが、つい見惚れて出番を忘れてしまうこともあったとか。「いつも“好き”とか“可愛い”とかいう気持ちでドキドキしていましたね」。と同時に、ファンには見せない姿も目撃し、開演を前に感情を昂らせる彼を優しくなだめたという話も。「だから“おっかさん”みたいになっちゃって、彼とはラヴな感じはなかったんです。ミック・ロンソンからはモーションをかけられましたが!(笑)」。

 

そんな女子トークも挿みつつ、来日の度に行動を共にしてきた高橋氏は、モニターに映し出された日本でのボウイの写真を見ながら様々なエピソードを披露。やはり来日時に鋤田氏が撮ったアルバム『ヒーローズ』のジャケットも、彼女がスタイリングしたものだ。「この時はイギー・ポップのプロモーションにデヴィッドがついて来ていたので、撮影があるとは思っていなかったんですが、彼が“やろうよ”と言い出したんです。“何を用意したらいい?”と訊いたら“革ジャンを適当に持ってきて”と言われて。自分の中にイメージがあったんでしょうね。自分で色々試して、何十枚も撮った中から、1枚がジャケットになったんです」。

 

ボウイ展の会場限定発売のピクチャー仕様7インチ・シングルに使われた1980年撮影の写真で、ボウイをビジネスマンに変身させたのもまた、高橋氏だった。何度もコラボをしていながら、ギャラはほとんど受け取っていないという発言には会場がどよめいたが、軽く笑い飛ばして「なんでもっと“私がやるよ”って言わなかったのかなって思います」と残念そうに言う。「私は、自分から“やります”と言ったことが一度もないんです。だから、もっと欲張っておけばよかった。仕事がしたかったというわけではなくて、もう少し長くデヴィッドと一緒にいたかったなって。亡くなった今では、自分の中に彼が存在しているという実感がありますけどね」。

 

クリエイティヴなコラボレーターであり、かつ“おっかさん”として慕われるという、ユニークなポジションにあった高橋氏。そのフランクな話に耳を傾けていると、彼女こそ、素のボウイを一番よく知っていた日本人なのかもしれない――と思えてきた。

 

(写真中央の舞台上に飾られたボウイ直筆のサインが入ったギターは、74年にサインをもらったおもちゃのギターのサインが消えて捨ててしまったことを知ったボウイが“Still No.1”と書いてプレゼントしてくれた大切なギター)

 

文:新谷洋子

写真撮影: 利根川幸秀

 

DAVID BOWIE is 〜プレミアム・トークショー第1回: 鋤田正義

DAVID BOWIE is 〜プレミアム・トークショー第2回: 山本寛斎

DAVID BOWIE is 〜プレミアム・トークショー第3回: ミック・ロック

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