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ボウイ展 キュレーション秘話〜その3 ボウイのウエストは驚愕の67.5cm!でも腿は筋肉質で太かった。

V&Aのキュレーター、ヴィッキーとジェフリーの二人が来日時に語ってくれたボウイ展のディープな話を、通訳を務めたお二人の協力を得て改めてまとめたキュレーション秘話。ボリュームたっぷり、4回連載でお届けします!

 

メイン展示室

ボウイ展の核を成す広い展示スペースでは、彼がアートや映画やファッションから得ていた影響、ソングライティングやスタジオでの作業、コラボレーション、キャラクター、社会的影響といったテーマを取り上げている。本展で初公開された、『ダイアモンドの犬』の映画案にまつわる貴重な資料も必見だ。

 

ジェフリー  「例えば衣装のデザインは、通常はイメージを伝えて誰かに依頼したりするものですが、ボウイは自分でデザイン画も描いていたんです。1979年にアメリカのテレビ番組『サタデー・ナイト・ライヴ』に出演した際には、ダダイスト演劇をインスピレーション源にした衣装を用意しました。のちに、このパフォーマンスでバッキング・シンガーを務めたクラウス・ノミは、自らのアルバム『オペラ・ロック』のジャケットでこの衣装を真似たんです。でもボウイは全く気にしませんでした。彼の意識は常に前を向いていたため、過去に行なったことについては、こだわりがなかった。だから喜んでクラウスに与えたんです」

 

ヴィクトリア  「ここには山本寛斎による衣装の数々と、彼の服を紹介する雑誌『ヴォーグ』の切り抜きが展示されています。彼は、ロンドンでファッション・ショウを行なった最初の日本人デザイナーでした」

 

ジェフリー  「当時ファッション・ショウに足を運ぶ男性は珍しくて、山本寛斎のショウでも、男性はボウイだけだったそうです。ファッション関係では、度々コラボしたデザイナーのフレディ・ブレッティが所持していた、彼の服の寸法表もぜひ見て頂きたい。ボウイのウエストのサイズは26,5インチ(約67cm)なんです。あまりにも細いので既成のマネキンが見つからず、私たちは特別に依頼してボウイの寸法通りのマネキンを用意しました。マネキンの手の動きも彼のポーズを意識して、かなりこだわっています。ただ、ボウイはダンサーとしてのトレーニングを受けているので、ウエストは細いものの腿は太いという、ちょっと変わった体型なんですよね」

 

ヴィクトリア  「ちなみに、アーカイヴで見つからなくて非常に残念だったのが、アルバム『世界を売った男』のジャケットで着た、ミスター・フィッシュによる“マン・ドレス”です。本人が着たものでなくても何かしら展示したかったのですが、どうしても手に入りませんでした」

 

ジェフリー  「ボウイが社会に与えた影響を検証するセクションでは、ドラァグ姿が物議を醸してアメリカのレーベルRCAが放映を拒んだ、『ボーイズ・キープ・スウィンギング』のミュージック・ビデオが見られます。彼はミュージック・ビデオという概念が生まれる前にそういう発想をした、最初のアーティストだったのかもしれません。1979年に英国のテレビのバラエティ番組に出演することになったボウイは、スキットの合間に映像を流すと訊いて、その映像を自分で作ろうと思い立ちます。BBCのスタジオを丸1日借りて、『DJ』『ボーイズ・キープ・スウィンギング』『怒りをこめて振り返れ』の3曲の映像を撮影する計画でした。でも3曲目の『DJ』で時間切れになってスタジオを追い出され、路上で撮影を続行するのですが、人々が集まってきてもみくちゃにされる様子が、そっくり記録されています」

 

ヴィクトリア  「アルバム『ダイアモンドの犬』の映画案に関する展示も、見どころのひとつです。あのアルバムを映画化する構想をボウイが練っていたことは、当時から噂されていました。ニューヨークのホテル、ピエールに長期滞在していた時に、舞台セットやキャラクターの模型を作っていたと。それが事実だったことが、アーカイヴで我々が実際に絵コンテなどを発見して、初めて証明されました。特に探していたわけではなく、たまたま見つかったんです」

 

 

『火星の生活』のセクション

 

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ミック・ロックが撮影した、ミュージック・ビデオを先駆ける映像や、その中で着用したスーツで構成された、名曲『火星の生活』を紹介するセクション。ロンドンでボウイ展が開催された時には多くの人が涙した、人気のスポットでもある。ジェフリーがプレス内覧会の日に着ていたスーツは、このボウイのスーツにマッチさせたものだとか。

 

ヴィクトリア  「『火星の生活』は私が人生で最初に聴いたボウイの曲だったこともあって、どうしても大きく取り上げたかったんです。映像は1973年に撮影されましたが、今見ても新鮮で、ここでもミュージック・ビデオが一般化する前から、彼がヴィジュアル表現に積極的だったことが伝わってきます。その後2003年になってケイト・モスが、フレディ・ブレッティが手掛けたこのブルーのスーツを着用して、英国版『ヴォーグ』誌に登場しました。なんと彼女にはサイズが小さ過ぎて、修正してウエストを広げなければならなかったそうです」

 

写真: Shintaro Yamanaka(Qsyum!)