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サザビーズ『Bowie/ Collector』オークションが終了~デヴィッド・ボウイが残した、アートというもうひとつの遺産

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さる11月10・11日の2日間、ロンドンにあるサザビーズにて『Bowie/ Collector』と題されたオークションが開催された。ご存知、デヴィッド・ボウイが四半世紀をかけて集めたアート・コレクションの競売だ。出展された作品の数は355点、当初は、合計1,000万ポンド程度に相当するとされていたが、ボウイが所有していたという価値が付加され、結果的には多くの作品に予想の2~3倍の値が付き、落札額の合計は実に約3,300万ポンド(=約43億円/以下11月11日時点の換算レートに基く)。かつ59人のアーティストについて、最高落札価格が更新された。

 

生涯を通じて音楽と同じくらいアートを愛し、画家(ボウイ展では三島由紀夫やイギー・ポップの肖像画が展示されている)兼美術評論家としても活躍。1990年代には英国の権威あるアート雑誌『Modern Painters』の編集委員に名を連ねていた彼にとって、自分に許した唯一の贅沢がアートだった。お抱えのキュレーターのアドバイスを仰ぎつつ、オークションやギャラリーに自ら赴き、知名度や市場価値ではなく自分の直感と感性に従って、パーソナルなコネクションを感じた作品だけを購入していたという。

 

それゆえに『Bowie/ Collector』の内容は非常に多彩で、古いものなら、ヴェネツィア派ルネサンスの画家ティントレットが1570年代に描いた祭壇画があり、英国人の異端的アーティスト=リー・ワグスタッフの2000年の作品が、最も新しいのだろうか? 面白いところではアウトサイダー・アート(注1)、アフリカの現代アート(注2)、メンフィス・グループ(注3)のプロダクトなどが含まれているが、コレクションの核を成すのは20世紀ヨーロッパの絵画と彫刻。シュルレアリスム(マルセル・デュシャン)やダダイズム(フランシス・ピカビア)から、ドイツ表現主義(エーリッヒ・ヘッケル)、はたまたYBA(ダミアン・ハースト)に至るまで様々なムーヴメントを網羅しており、なんといっても、20世紀初頭から1960年代辺りのブリティッシュ・モダン・アートが占める割合が、圧倒的に高い。

 

海外の抽象主義や表現主義を英国人のフィルターを通して解釈し、独自に発展を遂げたブリティッシュ・モダン・アートにボウイが共感したのは、第二次大戦直後に生まれた人であることを考えれば不思議ではない。彼は、デヴィッド・ボンバーグを筆頭にフランク・アウアバーク、ピーター・ラニオン、ジョン・ヴァーチュー、レオン・コソフといった画家たち、ケネス・アーミテイジやエドゥアルド・パオロッツィなど“Geometry of Fear(恐怖の図形)”と総称された彫刻家たちの作品を熱心に買い求め、これらの作品に音楽作りのインスピレーションを見出すことも多々あったらしい(彼は2年前に『ティズ・ア・ピティ・シー・ワズ・ア・ホア』をシングルとしてリリースした際、「ヴォーティシストがロック・ミュージックを作ったらこんな音になるんじゃないかな」とコメントを添えていた。ヴォーティシズムもブリティッシュ・モダン・アートの一派で、『Bowie/ Collector』にはその所属アーティストの作品が幾つも見受けられた)。しかし保管が困難なことから遺族はコレクションを手放すことに決め、オークションが開かれる旨が報じられたのは、さる7月のこと。所有する作品を積極的に展覧会などに貸し出していたボウイの想いを引き継いで、彼のアートを世界と分かち合いたいという意図も込められていたようだ。

 

 

そしてロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス、香港での内覧会を経て、いよいよオークションの日を迎えたわけだが、点数が多いためにセッションは3回に分けられた。うち10日夜のパートⅠ『Modern & Contemporary Art, Evening Auction』は、日本の民芸運動とも縁が深い英国人の陶芸家バーナード・リーチの花瓶で幕を開けて、コレクションのハイライトと呼べる47点が登場。かねてから話題を呼んでいた作品が続々登場し、1日で合計落札額は約32億円に上った。例えば、本オークションで最高の値が付くと目されていたジャン=ミシェル・バスキアの『Air Power』(映画『バスキア』に出演したことを機に入手した)の落札額は約9億5千円、ハーストの『Beautiful, Shattering, Slashing, Violent, Pinky, Hacking, Sphincter Painting』と、その延長にあるボウイとハーストのコラボ作品『Beautiful, Hallo, Space-Boy Painting』はそれぞれ約1億円で落札。また、ボウイが毎日のように眺めて刺激を得ていたとの逸話があるアウアバークの『Head of Gerda Boehm』(1965年)は、激しい入札合戦の末に、彼の作品では新記録にあたる約5億円で競り落とされた。

 

一方、11日午前のパートⅡ『Modern & Contemporary Art, Day Auction』には一挙208点(合計落札額は約9億6千万円)が出展され、前述したモダン・ブリティッシュ・アートに加えて、ボウイに大いに影響を与えたヘッケル(アルバム『ヒーローズ』のジャケットのボウイのポーズもヘッケルの作品にインスパイアされた)の多数の版画や、パブロ・ピカソの陶器作品も含まれていたが、この日の最高額(約4,500万円)を記録したのは、ノルウェイ人の画家オッド・ネルドルムの1990年の作品『Dawn』。モダン・アートの流れに逆行して、古典的な技法を取り入れていることで知られる。

 

続く11日午後のパートⅢは『Post-Modernist Design: Ettore Sottsass and the Memphis Group』と題されている通り、メンフィス・グループにフォーカス(合計落札額は約1億8千万円)。ムーヴメントを代表するソットサス作のサイドボード『Casablanca』を始め、マルコ・ザニーニや日本人デザイナーの梅田正徳によるカラフルな家具やインテリア・プロダクトに加えて、ボウイ自身が愛用していた、1960年代のイタリアン・デザインのオーディオ機器も競売にかけられた。いずれも一点ものではないため、アート作品と比べると安価。ソットサスのディナー・プレート・セットとテーブルランプは、それぞれ約50万円で落札されているから、一般のファンでも、頑張ればボウイの持ち物が手に入ったというわけだ。それでいて、全100点が軒並み想定の10倍以上の価格で売れ、『Bowie/ Collector』は大盛況のうちに終了した。

 

以上の355点の詳細はサザビーズのウェブサイトで閲覧可能だが、ボウイのアート・コレクションは、これが全てではない。特に彼が思い入れを抱いていた作品は、遺族がちゃんと手元に残したのだという。それらがいったい誰のどんな作品なのか、我々が知ることは永遠にないのだろう。そう考えると、サザビーズが『Bowie/ Collector』のプロモーションに用いていた、人差し指を口に当てているボウイのポートレイトも、どこか象徴的で意味深に思えてくる。

 

 

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写真:最高額で落札されたジャン=ミシェル・バスキアの『Air Power』

 

 

注1:障害者など正規の美術教育を受けていない人によるアート。ボウイはウィーン郊外にある、アートを治療に用いることで有名な精神病院の付属アトリエをしばしば訪れていたとか。

注2:1995年に『Modern Painters』誌のために第1回ヨハネスブルグ・ビエンナーレを取材するべく訪れた南アフリカで購入したもの。ベナン人のロミュアルド・ハズメ、南アフリカ人のピーター・ボンガニ・シャンゲといった彫刻家の作品がある。

注3:1980年代初めのイタリアで、エットレ・ソットサスを中心に興ったポストモダンのデザイン・ムーヴメント。